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Debut愛島セシル√感想

 

Debut愛島セシル√感想です!!!!!

 

いや~~~~~~~めっちゃ好き!!!!!!!

 

セシ春ににこにこしたり、カミュを信じられなくなったり、「アイドル」になることを論じたり、相変わらずいろんなことを言っておりますので、ご了承ください~~。

 

では!

 

 

 

========

 

・いつでも二人は二人三脚

 

 

魔法と呪いが交錯する「それが愛というのなら共に奏でようADV」の「アドベンチャー」の部分が極大化したセシル√の感想で最初に言うのそれかよ、って感じなんですが言わせてほしい。「それが愛というのなら共に奏でようADV」過ぎる!!!!!

 

ほんっとうに!ラブストーリーでアドベンチャーで、「共に奏でる」物語だった~~~泣

 

 

Debutだからこそ、セシルさん自身が成長する話であるのはもちろんだけど、「乙女ゲーム」の名前にふさわしいラブっぷりで。しかも、ドラマチックで波のあるラブというよりは、ささやかな(でもマジカルな)日々がそこにはあって.....。

 

「では、おあいこですね」って、カミュに嫉妬する自分は子どもっぽいのかな、の話の後に笑い合うほのぼのっぷりとか、たまらないです。

「ライブ頑張ったので、ご褒美ください」って甘えようとしたりするところも。(セシルさん、きっちりアダルトでセクシーな部分もあるのがまたたまらないです.......。)

 

個人的にお気に入りなのは、既に真斗ルートで「1人で頑張らなくてはいけない」の強迫観念によって突如いなくなるという展開を迎えた経験のある私は、セシルさんがカミュさんのパフォーマンスを見たことを機に一人で頑張る!と言い出したときが「そんな....」と苦しくなりましたが、案外あっさり(?)試行錯誤の末に戻ってくる。

「ワタシは他の誰にもなれないから、ワタシなりの良さを模索するしかない。」

 

セシルさん、決断したらとりあえず実行、そして妥当な結論に戻ってきて春歌ちゃんとも合流。決断力、実行力だけでなく、柔軟なところもあり、吸収力もすごくて素晴らしい人だ.....。そして、吹っ切れたら春歌ちゃんの部屋にもまた来てくれる。

確かにセシ春にも細々としたミスコミュニケーションや、仕事に一生懸命になる結果としてのすれ違いがあるけど、割と細かなスパンで仲直りしていて、この二人にとってそういった出来事が全然致命傷にならないことが、8月の前半までで示されているのがすごく素敵。

 

だって、思い返せばリピでかなり切なかった。「始めましょう、終わりを」って言っていた二人なんですよ。この卒業オーディションが終わったら、離れ離れになってしまう、と。(リピ、思い出しただけで泣きそう....。)

そして、SSでも「これが文化の違い」という話が出て、日本のこと知ってるナツキにもやもやしたりしてたのに、Debutでは全然1ミリも別れる気配がない。二人の間の愛は揺るがないことが、ずーっと示されている。愛は既に成熟している。

 

だからこそ、後半に女王が出てきて、あれだけ危機的状況に置かれてもセシ春は耐えられるということの説得力が増す。

 

そして二人の愛の成熟っぷりが見れる最大のポイントは、

お互いにお互いの「呪い」を解くところ。

 

ここがあまりにも良すぎてグッと来てしまった~~泣(恋愛エンド)

リピでは春歌ちゃんが、Debutではセシルさんが、お互いにかけられた呪いを解く。

 

セシルさんも春歌ちゃんのキスがなければ、春歌ちゃんのミューズの力がなければ猫の呪いは解けなかった。だけど、今回、春歌ちゃんが呪いにかかり、その春歌ちゃんを救い出すのがセシルさんであることによって、お互いがお互いを救う構図になる。

 

セシ春のこの、常に背中を救い合っている感じが好きで...。

どちらかが欠けていたら、とんでもない悲劇になっていたところを、愛と歌と音楽で救う。

王たるセシルさんの物語だけど、セシルが優位とか、逆に春歌ちゃんがセシルさんの救世主なのではなくて、二人三脚で二人で戦う。そして、日常では笑い合う。

恋愛につきものの些細な嫉妬も、世界を救う冒険も、二人の運命を握る音楽も、みんなみんな二人じゃなきゃ乗り越えられないセシ春が本当に素敵......。

 

 

 

・「言葉」の壁、「コミュニケーション」の壁

 

リピから一貫しているモチーフとして、「言葉」が今回も鍵を握るのがアツかった!!

 

キスの魔法が解けてクップルと意思疎通ができなくなったりしていた二人が、今回は女王に身体が乗っ取られたり、コミュニケーションが不可能になる。AASSでは音楽が奪われたり、触れ合えなくなったりね......。セシ春はお互いの文化的背景が違うので、言葉で、音楽で、身体で、あらゆる手段を使ってコミュニケーションをすることで「愛するという冒険」をしている、相手という宇宙を知るために歩み寄っている。いろんな手段を使って、コミュニケーションを取っている。

これこそが、私が愛島セシル√は「愛すること」の神髄が詰まっていると考えるゆえんですが、だからこそ、今回もコミュニケーションの手段が奪われる。

春歌ちゃんから発せられる言葉は、すべて女王の言葉となってしまう。

 

 

しかし、「言葉」が交わせなくなると、楽譜を通じて「音楽」で会話するセシ春。

ここが本当に音楽の力を信じている「うたプリ」っぽくて素敵だった......!

 

さらに、カミュにもバレないように春歌ちゃんがアグナパレスの言葉を楽譜に書き残す。(選択肢「アン・ラスフ」)ああ、春歌ちゃんも一生懸命にアグナパレスの言葉を勉強して、スムーズに書けるんだろうな....と思うと胸が熱くなった。

 

 

恋すること、愛することって、具体的な行為としては意思疎通というかコミュニケーションの積み重ねである。言葉が大きな障害にならないカップルでは、好きだからこそ連絡できなくなったり、嘘をついたりということが恋のコミュニケーションを阻害する要因になる。一方で、言葉や文化的背景が違うと、言葉によるコミュニケーションそのもの一つ一つをすり合わせないといけない。

セシルルートの恋愛は、そういう丁寧なコミュニケーションの積み重ね、そして徐々に相手を知っていく、ということが言語学習や異文化理解と重ね合わせられていて、そこが好きポイントで......。

 

そして、最初の頃はキスすることの意味も、名前を付けることの意味も食い違っていた二人が、AASSLを経て、すごく成熟したコミュニケーションをしている。

だから、春歌ちゃんの身体が乗っ取られて、春歌ちゃんが春歌ちゃんでなくなることによって二人は「言葉」によるコミュニケーションを奪われる。それでも、(ここがうたプリらしくて最高オブ最高)音楽でつながれる!!!となったのは、まさにこれまでの積み重ねがあってこそだよな......と泣いてた。

(なお乗っ取られているときも、セシルさんは春歌ちゃんの声が好きだから、わざわざカミュと女王(春歌)の前で歌の練習をするところもすっごい胸が苦しかった...。罵られるし、春歌ちゃんの意志でないとわかっていても、春歌ちゃんの声が好きなセシルさん...。)
音楽で会話をすることも、アグナパレス語も、みんなみんな「クップル」と出会った頃の春歌ちゃんには想像もできないことのはずだから、あのDebut9月に二人の年月が詰まってた.....。

 

 

あと、私自身が語学学習をしていて思うのが、人間って言葉でものを考えるからこそ、違う言語を学ぶと「あー全然違うものの考え方をするんだろうな」と思うんですよ。

寒い国だと雪に関する言葉が多いとか、そういう語彙のレベルはもちろん、文法でも先に主語述語を並べてから目的語なのかとか、修飾語がどこに置かれるのか、とか。

あるいは、表音文字なのか、表意文字なのか。

春歌ちゃんが楽譜にアグナパレスの言葉を書くことができたのは(他の選択肢だとミスるけどw)、音楽というアグナの魂を宿すミューズであることはもちろんとして、言葉が持つ様々な背景を知り、セシルさんの方に歩み寄っているようで、めっちゃ好きだった.....。

(そして、そのバイリンガルへの道が、シルクパレス出身のカミュさんに「ばれない」という結果にもつながるわけで。)

(でも、カミュさん日本語もばっちりだし、あの様子だと実はアグナパレスの言葉が読めていたりして。)

 

 

そして、同じようにセシルさんが「日本風の歌を歌う」というのが、素敵。

音楽が重要なセシルさん(及びアグナパレス人)にとって、その国の曲を歌うというのは、まさにその国を理解すること。これまでアグナパレス風の楽曲が多かったからこそ、余計に逆に振る、春歌ちゃんの側へと歩み寄る感じが出てて、セシ春の「おたがいさま」が出ていて好き......。

 

ただ、曲を聞いたときからジャポニズムっぽいというか、わざと難しい言葉を使っているところとかがかえって「ゲイシャ、サムライ、フジヤマ」っぽいな~と思っていたんですが、セシルさん自身が「外からの視点もわかる」と言っていたので、やはりその外在的な視点が生かされた名曲。

 

 

 

 

・北風と太陽

 

カミュ、しっっっかりヒールじゃん........(愕然)

 

 

 

びっくりしている。そんなことある???

今までシャイニング事務所のアイドルに対して抱いたことのなかった感情が残ってしまい、戸惑いを隠せません。

いや~~~~「人からもらった知らない薬は安易に飲んではいけない」ですね!「知らんクスリ、ダメ、ゼッタイ!」(警視庁のポスター?)

マジで怖すぎる......。

(なお、ここまでセシル√も3回目なのでマジカルな展開と春歌ちゃんがどの国のあらゆる超越的な存在と相性がいいことにはもう驚かなくなっていた、笑 慣れって怖いね。ミューズも女王も当然に降臨します!)

 

もちろん、9月、物語も終盤になるとカミュさんは「.......」と沈黙することによって愛と夢とアナタとの完成を黙認する。その上、「作曲しないと怪しまれます」といって春歌ちゃんが楽譜を通してセシルさんとコミュニケーションを取るという抜け穴を認めている。だけど、恋愛エンドではセシルさんの歌のパワーが解放されたときに女王を守ろうとする=春歌ちゃんが永遠に乗っ取られることになる方向で身体を動かしている。

 

いや..........そう、ギリギリ悪役になりすぎないように、9月にセシルさんの歌の最後の鍵を握るのもカミュさん。

「今の自分の歌に自信を持っているのか?」と問う。これはセシルさんの歌の完成には欠かせないアドバイス

 

 

いや......そう......なんだけど、えっ............しっかりヒールじゃない?やっぱり。

ずっとセシルにも嘘をついて、いいように利用しようとし続ける。

トキヤ√で楽屋で怪談するときにカミュさんが「呪いにあるのは純粋な悪意のみ!」と妙なことを言うなぁ...と思っていたんですが、本当に純粋な悪意というか手段として春歌ちゃんを呪ってる。

 

 

個人的に「わぁ...この人やっば」と思ったのは、偶然かもしれないけど、春歌ちゃんの人間関係を破壊しようとしたところ。ここが一番許せなかった、と同時に効果的だと思うので敏腕なのだなとも実感したわけですが。

 

女王が元々きつい性格の人で、依り代になったから悪口を言っているということだけではなく、8月に仲のいい人や家族をカミュさんが事前に聞いている。カミュさん自身は、調査のために話しかけたらペラペラしゃべったみたいなことを言っていたけど、なんだか意図的に春歌ちゃん周辺の人間関係を破壊して、春歌ちゃんを孤立させようとしているように見える。

さすがにセシルさんは、きつい言葉の数々が春歌ちゃん自身の言葉ではないと気が付いているけど、春歌ちゃんをかばうセシルの立場も危うくなる。

 

これの何が苦しいって、序盤にセシルさんはカミュさんの雑用をしているけど「オトヤたちに教えてもらったり手伝ってもらいながら洗濯をした」みたいな話をしているので、マスターコースのセシルさんは同期との絆を育みながら、生活をしていた。何よりセシル√4月のカミュが出てくるまでのドタバタ劇は、同期たちがセシルがアイドルとしてリアクションできるように力を貸してくれている。セシルさんのアイドル生活は、学園を出た後でもなお同期たちとの結びつきが欠かせない。

 

そもそも、私がセシルさんと春歌ちゃんのコミュニケーションが好きな理由として、セシルさんには育ちからして馴れ馴れしく話すことのできる年齢の近い人がいなくて、セシルさんは話好きな人だから、春歌ちゃんとおしゃべりするのが楽しそうなところがある。

同じ理屈で、シャイニング事務所で出会った同期たちも、セシルさんにとってかけがえのない「友人」のはずで、それは「日本」という環境じゃなきゃ得られない大切な「仲間」である。(前作では、セシルさんが「アイドル」を志すのに同期たちのアイドルを目指す姿は欠かせないという描写もあったわけで。)

 

そんなセシ春を追い込むのに、ただ呪うだけじゃなくて、人間関係を破壊してくるカミュさん、嫌すぎる.......。そうするとセシルを手伝う人がいなくなって、デビュー曲の完成が遠のくので、戦略的ではあるんですが........。

同期たち、みんないい人だから、「実は依り代にされてて~」って話をしたら許してくれるかもしれないけど、それにしたって、遺恨を残しそうじゃん...。

 

ということで、私としてはDebutプレイの3ルート目にして、この人にはこの人の事情があるとは言え、許せないかもしれない.....の気持ちになりました。(特に恋愛エンド)
(それこそ「白い悪魔」の伝説には別解釈がある、という部分も含めてカミュさんが悪者になりすぎないようにしているんだろうな、とは思った。)

 

 

 

ところが、セシルさん、器が大きすぎる。

 

大切な大切なハルカがしっかり呪われた(しかも自分も呪われ経験があるので尚更許せないはず)のに、「女王はカミュの大切な人。きっとワタシにとってのアナタと似ている。仕方なかったのかもしれません。」と理解を示す。

 

 

器が大きいよ~~~~~~~~~!!!!!

 

 

何度も何度もこの人は「王」になる人なんだな...と思ったけど、ここの器の大きさがマジの「王」すぎて.....!!

ほんとに!!??本当にいいんですか??王!!!大切なハルカがあんなことになったのに!!??

 

 

あと、カミュさんのほんのり職務放棄、おそらくセシルさんの真心と誠実さが「太陽」として何かを溶かしてるっぽいのよね。

春歌ちゃんも耳を疑うように「先輩が歌で心を動かすと言った...?」と言う。ユニットソングを作るために、セシルさんが序盤に一生懸命「心を重ねましょう」と言っていたときはガン無視だったのに、9月にぽろっとそういうことを言う。

どれだけカミュが悪意をぶつけてもぶつけても慕ってくる、信じて来るセシルさん。そんなセシルさんの歌が、多分カミュさんの何かに触れているのでしょう。

だからこそ、セシルさんの歌のレベルが上がってきて、呪いが解かれてしまうかもしれないという危機感を女王と共有しつつも、春歌ちゃんが楽譜を改良することを止めない。

 

 

北風と太陽の寓意があまりにも的確すぎる。

真っすぐ真っすぐカミュを信じて慕ったセシルさんだったからこそ、カミュを動かし(とどめて)春歌ちゃんの呪いを解くことにつながった。

カミュとセシルのマジカル大戦争で正面から力で対立するのかと思いきや、セシルは途中からカミュさんを全力で信じる。

その意味でも、セシルさんは、只者じゃない。

あのカミュさんを、溶かしている。

 

まるで太陽のように。

 

北風と太陽、序盤のユニットソングである以上に、むしろこの話全体のセシルさんとカミュさんの在り方を示すテーマ曲みたいなところがあって、Debutセシル√済みで聞くと全然響きが変わるスーパー名曲だったな......。

 

 

 

・究極の「北風と太陽」

 

ところが、友情エンドですよ!!!!!!!(大声)

 

 

カミュ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!おい~~~~~!!!!

 

 

(じたばた)(のたうち回る)

 

 

恋愛エンドと友情エンドの間に1か月くらい間あいちゃったんで、1か月ずっとカミュ不信だったんですが、友情エンドはすごい挽回の仕方してた......(愕然)

 

まず、そもそも友情エンドの何がやばいってセシルさんが歌で呪いを解けないんですよ..........そんなことある?????

 

春歌ちゃん絶対絶命。

そして、すべての悪事が明らかになるカミュ!!!!

 

えーーーーもしかして友情エンドは魔法で決着をつけちゃうのか??歌じゃなくて??????と思うくらいに激しいセシルVSカミュの魔法大戦争

(そもそも、シルクパレスの女王と早乙女の関係性がやばい。女王、急に「そ.......それは辛かったね.......」とシルクパレスにいい感情がなかったわたしですら女王のために泣いてしまうしんどすぎる展開。)

 

氷漬けになりそうになるマスターコース寮&セシルさん......!!!!!!

(画面は吹雪、私は号泣、何も見えない。)

 

ところがッ......!!!

 

「陛下。これで、お気は済まれましたか?」

愛する人を傷つけてどうするのです。陛下のお心は、そのようなことは望んでいない。」

 

カミュ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!
カミュ!!!???まさかのここで女王を諫めるの!!!!!マジでこのままセシルさん殺しちゃう鬱エンドかと思ったよ!!!???そしたら私本当に許せなかった!!!!!!!!!!!!!うわ~~~~~~~~~!!!!!!

 

 

そして、そうだった.....これは友情エンド!!!ここからカミュ&セシルの共闘へ!!!(リピのセシ春もそうだけど、共闘からしか得られない栄養があるからね...。)

 

「今だ!愛島!フルートを吹け!何をぐずぐずしているのだ!」

 

共闘!!!!!アツい!!!!!!!!!!

 

 

しかし、なかなか女王を止められず、今度はカミュごと氷漬けにされそうになる。そして、女王に隙が生まれたにもかかわらず、そのタイミングでカミュを助けるセシルさん!!!!!!!(号泣)

 

「そんなことは出来ません!ワタシはカノジョを助けたい。ですが、カミュ。アナタもワタシの大切な人。」

 

 

セシルさんの器の大きさ~~~~~~~~~!!!!!!!!(号泣)

 

友情エンドでは、セシルさんはカミュがこれまでいかに裏切り行為を働いてきたかを全部知っている。それでも、アイドルのライバルとしての日々は嘘ではなかったと、この究極的な場面で助けに回る。

カミュからしたら「甘い」考えかもしれないけど、セシルさんは愛も夢も諦めない人。貪欲さを強さで賄える人。だからこそ、この場面でも、カミュも春歌ちゃんも諦めない。

かっこいい.....!!!!!

セシルさん、あまりにかっこよすぎる......!!!!

王だ........。

 

 

なにより、女王を説得するセシルさんの言葉は、同じ統治者同士でなければ通用しない言葉。

「アナタの目には、命に背いてまでアナタを守ろうとするカミュの姿が映ってはいないのですか」

 

セシルの言葉が、女王をも説得し、無事に春歌ちゃんは解放。

 

シルクパレスの女王も、なんだかとても苦しそうな人で(逆アナ雪みたいな)、他のエンドだと「セシ春を!!!追い込みやがって!!!!!この!!!!!(怒)」という気持ちがぬぐえないのだけど、友情エンドは個人的にすごくすとんと落ちて、納得できた。

いや、セシルさん一回氷漬けにされそうになってるけど......カミュが命令に背いたところが、私の中で納得できるかどうかの分水嶺だったのかもしれない。

そして、セシルさんの王っぷり、器の大きさ、モノの考え方、何もかも手に入れる強さを味わえるエンドでした。

カミュも「女、悪かった...」と春歌ちゃんに謝るし!

 

 

 

 

・「アイドル」になること

 

ということで、現時点でカミュへの感情が迷子であることに間違いはないのですが、そんな私もセシルさんのデビューにカミュさんが欠かせないことは認めざるを得ません...(誰目線?)(頭が高いぞ!)

セシルさんも「カミュ、ありがとう」と言っているしね!

 

 

カミュという「歌を愛していない人」との出会いが、「人に見せる歌」を作っていく。

 

カミュ先輩の歌は聴く人のための歌。それこそアイドルの歌。そう悟ったのだと言う。

 

 

「歌は心」の代表のようなセシルさんが、心とかだけではなく、パフォーマンス性に着目するきっかけを与えるのが、カミュ....という.........。

カミュは仕事の時、『アイドル』の顔になる。程度の差こそあれ、みんな『アイドル』の顔を持っている。でも、ワタシにはなかった。」

 

セシル√だけは、”ひょんなことからアイドルを目指す”ことになるし、日本の「アイドル」なるものへの理解が薄い、つまり、「アイドル」に対して他者の目線からアプローチしていく。

その時に、この目線になるのが、すごく興味深くて!

 

うたプリにおけるアイドルたち(リピ~)は、みんな「自分の心」を歌おうとする。特にHAYATOがいるからこそ、「本物」であろうとする。もちろん、その後、それ一本鎗ではダメになって、Debutではいろいろ苦労したり技術を磨いたりするけれど、割とその傾向があって、それがアイドルの「偶像」性とどう折り合いをつけるのか、があんまり強調されてこなかった。(どちらかというと、恋愛がばれないようにする、とかアイドルの「偶像」性は恋愛のドキドキに回収されていった。)

 

だけど、セシルさんは、歌うことが心を表すことが当然すぎて、そのあたりの葛藤はなかった。

だからこそ、「アイドルとしての顔を作る」ことが、序盤での課題になる。

 

そして、セシルさんはスキルがあるので、それをやってみた後で、最後の最後にデビュー曲をやる段階になってカミュが「自信があるか?」と問う。

何より、カミュに挑発されて真理に気づく。

 

「歌うことはワタシそのもの。歌を諦めることなどできない。」

 

一度、序盤で「アイドル」を作ること、日本を理解し技術を高めること、を通過したからこそ、ここでもう一度最初に戻ってくる意味がある。

 

まさに「セシル」の名前にふさわしいこの台詞は、同期7人らしい「自分」を歌おうとするスタイルに連なりながら、その道のりはセシルさんにユニーク。

ここの一連の流れが、アイドルに必ずしも興味のなかったセシルさんが、「アイドル」になる瞬間で感激した。

しかも、おそらく先輩4人は、同期7人とは違って、「アイドルを作る」ことに長けているタイプで、「嘘」が武器になる人が多い。セシルさんは、カミュという謎の人と組むことで、まさにアイドルの「嘘」を学び、「嘘」と「本物」のバランスを掴みとって「アイドル」になっていく。

 

 

 

 

あと、個人的にセシルルートの妙だと思うのが、HAYATOと同じくらい「アイドルのチープさ」を示す描写があるところ。
前作でもセシルさんが「この衣装を...?」みたいなこというくだりがあったと思うけど、祈りとしての歌を王族としてやってきた人の音楽と、大衆に向けて愛嬌を振りまく音楽あるいはアイドル活動の違いがそこに出ているようで。

 

そんなセシルさんが、今回Debutで挑むのはミュージカル。セシルさん全然嫌がらずに前のめりなのも大事なポイントなのだけど、そのミュージカルが「怪盗ニャニャーン」とかいう、こう.....なんとも「アイドル」感のある作品なのよね。苦笑

 

なんていうか、私自身ずっとアイドルのファンだし、アイドルの見せるエンターテインメントは素晴らしいと思っているけど、同時にどこかで「所詮アイドルでしょ」「学芸会でしょ」という視線とも常に対峙してきたのがアイドルカルチャーだと思っていて。

あと、実際に「これは一体誰向けの作品なんだ.....?」みたいな舞台に出会ったりするのもまたアイドル産業の香ばしいところだと思っています。

 

 

で、メタい話をすると、うたプリが「アイドルを目指す」物語である以上、アイドルは「目指す」に値する素晴らしい職業じゃなきゃいけない訳だけど、そこで持ち上げすぎるとアイドルの実相とは少しずれてしまう。

そのバランスを取るのが「作り物」そして異常なほどコミカルな「おはやっほー」で登場するHAYATOの存在だと私はうたプリワールドを位置づけているのですが、もう一つ「まぁ...アイドルってそういう要素あるよね、苦笑」と思うのが、実はセシルルートにチラチラ出てくる。私はこの絶妙~な感じが凄く好き。

謎なデザインの衣装、子ども向け?誰向け?なミュージカル、それらを完全にやりこなしてこそ、「アイドル」なり!

(2000%で着ぐるみ着てモノマネやることで心が動く描写がすごく好きなんですが、そういうアイドルの若干チープな仕事をセシルが体験していくっていう要素を、原作から引っ張ってきたのかな~と気づいた。)

 

 

そのミュージカルに挑む中で、セシルさんはカミュさんと自分を比較して苦しんだり、悩んだりする訳ですが、そのセシルさんの成長ぶりはもちろん、いささか香ばしい雰囲気の舞台に全力で挑む姿そのものがまさに「アイドル」で、ああ、セシルさんがちゃんとアイドルになってる....と感激した、という。

 

 

 

 

 

 

 

ということで、Debutって「アイドル」としての覚悟を試される話で、じゃあ今までアイドルへのコミットがゆるめだったセシルさんはどうなるんだろう?と思っていたところで、こういう「アイドル」像が示されてたまらなかった。

 

愛することは、相手を知り、世界を知る冒険であるというのを体現しているのが、セシル√だと思ってて、その魅力は失われないまま、恋愛的な意味の「愛」だけではなく、人を「赦す」という愛とか、人を信じるという愛とかが詰まっているルートだった....。(だからこそ、狡猾なカミュとの対比が光る。)

 

 

アイドルで、王で、春歌ちゃんと魂の恋人であるすべてを成立させられる、とてもかっこいいセシルさんのDebutを見届けられてよかったです....!