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LOVE!LIFE!ENJOY!

オタクライフENJOY至上主義

Defiled 感想みたいなもの

 

こんばんは。ハルです。

 

どうしても行かないわけにはいかない、と思い立ち、大阪まで行ってしまいました。

 

 

行かない後悔より行く後悔とはよく言ったものです。本当に本当に行ってよかった。

交通費を足しても、おつりが来るくらいのすごいもんを見ました。

正直、今年最高の一本になるんじゃないかと思っています。これからのど自慢とかもあるけどね。

コインロッカーベイビーズは、河合くんに出会った作品ということでなんかもう別の境地に行っているので単純比較はできないんですけど、それに匹敵する、衝撃的なものを、目撃してしまいました。

とにかく、本当に行ってよかった。

 

 

答えのない作品。だからこそ、なんですかね。理由はわからないけど、泣けて泣けてしょうがなかったんです。こんなに観劇で泣いたのは人生初めてです。

重たいけど、泣く作品だとは思ってなかったので普通のハンカチしか持っておらず…というか鞄の奥底にいれっぱなしだったのであの状況で取り出せるはずもなく、大量の涙を垂れ流す結果に笑 「Defiledバスタオルいるよ!」なんてツイート見なかったんだもん!

とにかくバスタオルが必要なくらい泣けて泣けて。作品の序盤からもうなんかね…本当に自分でもなんで涙が溢れてくるのかよくわかんないんですけど、なんか泣けました。終わった後、メイクがほとんど流れ落ちていた…。

なんだろう…。「理解なんてしてないじゃないか!」とハリーに言われそうだけどね…私はハリーの気持ちがめちゃくちゃ理解できるというか、共感できるというか。見てられないくらいの切なさに襲われて、涙が出たのかもしれない。

 

ハリーのあの、繊細さ、もろさ、狂気、愛。なにもかもが私を揺らした。

私の何をゆらしたのかは、明確にはわからない。

それは昔、死んでやる!と思った時の心の叫びかもしれない。それは昔、いつか渋谷で爆弾テロを起こしてやる!と思っていたときの孤独かもしれない。あるいは、嵐が解散した時が私が自殺する時だ、と信じて疑っていなかったときの寂しさかもしれない。

私が死ねば、世界が変わると思った愚かさ。自爆テロを信仰する純粋さ。命を懸けることを厭わない愛。

あの時の“それ”をこのお芝居は揺らしたんだろうか…?

 

 

今、これを書いていて、なんだか違う気がしてきた。

そういう愚直さ、純粋さ、故の狂気を失いつつある自分への恐怖かもしれない。情緒不安定すぎる中高時代を生きていた。そんな私は、いま。…なんてね。

とにかくハリーは私のようで、私のようじゃなかった。

 

ハリーのあの、青年性が私は好きで。子供じゃない、けど大人じゃない。

愛が行き過ぎるあまり破壊的な行動に出る、その理由やプロセスが。屈折しているようでまっすぐで。もろくて不安定で。神経質で。これを「青年性」と呼ぶべきかはわからないんだけど。

WSのインタビューで勝村さんのことを「お父やん」って呼ぶくだりがあったけど、ハリーとブライアンが通じ合い心を通わせる瞬間は本当に親子のようで。生き別れて出会った親子とでもいうべきか…。なんか、ハリー自身の求めていた(はず)の愛情や理解に近いものをブライアンが提供したような気がして。うわ~~~言葉にすると陳腐だなぁ…。まるで目の前に「こころの近づき度合」ってパワーポイントがあるんじゃないかっていうくらい、ハリーとブライアンの関係性や心の開き具合が変化していくのがわかるんだよ。役者さんってすごいなぁ…。こう…なんか粘着質なものがくっついたり離れたりを繰り返すうちに少しづつ一つの関係性として形になっていくというか。

ハリーが「聞いて聞いて」と言わんばかりにブライアンに話すのは、逆にハリーの孤独が滲んで、、なんだか見ていてつらかった。基本、神経質っぽいインテリな青年なハリーが、心を開き始めると退行する感じ。ハリーの深さが滲んでいた。

 

なつくのとは別のベクトルで突き放すとき。私が泣いてたのは、ハリーがブライアンを拒絶し、突き放そうとするときだったわ…。

「理解してないじゃないか!」

「関係ないだろ!ユダヤ人かイタリア系か…」

ハリーが叫ぶたびに、すごくつらくて。関係ない!お前にはわからない!理解できない!理解なんかしなくていい!! その心の叫びが、私のたましいみたいなものをガンガン揺さぶって気が付いたら涙が出ていました。たぶんすごくすべての叫びが逆説的に聞こえるからかな…。

 

あと好きだったシーンは、ハリーがブライアンに味方にならないか?って持ちかけるところ。

俺はガンディーやジャンヌダルクになるんだ、というハリーはとても狂信的。だけど、私はその感覚がなんとなくわかるような気がする。だから、この事件の目撃者としてハリーに私は味方になりたい。ハリーにつきたい。そう観客席で思ってしまった。だけど、ブライアンはそうはならない。信じている「神聖なもの」が違うから。結局、誰一人としてハリーを理解しない。つらい。

そうやって私はハリーを応援していた。だからこそ、ハリーが自分の手で図書館もろとも目録カードを破壊することを私は応援していたはずなんだ。理論上は。

だけど、ラストシーン。私が望んだのは本当にこれだったんだろうか…?なんか違う…。っていう喪失感を抱きながら、声を出さないように頑張りながら笑、号泣していました。

 

「なにがテクノロジーだ…」

 

本望の末の破壊の先に、どうしてこんなに絶望があるんだろう。

 

 

ハリーが撃たれた時、何が壊れたんだろう。ブライアンの「神聖なもの」か。

本と目録カードと一緒にぶっ飛んだハリーは、幸せだったかな。

 

望んだはずの結末が訪れたときに、こんなにも「違う」という感情を抱いたのは初めてでした。なんなんでしょう。

 

 

パンフレットとかにもあるけど、「観客に考えさせる」話だから、なんだろう…。なんつーか…。なんなんだ!!がたくさんあって正解で。ただ、あまりにたくさんの投げつけられたメッセージと、泣きすぎた疲労で終演後なかなか動けなかったし、気持ちもずーんと沈んでしまって、引き上げるのが大変でした。これからも私はこの投げられた問たちとともに生きていくことになるんだろうな。

一つの問として、画一化していく社会への危機感という見地からは、この旅そのものがそういう体験でもあったから、余計に刺さりました。

わざわざ新幹線で大阪まで行って、大阪なんてちゃんと行ったことなかったので、なんか未知の世界に行くようなワクワク感があった。けど来てみると、見たことのあるような作りの駅と、見たことのあるショップ。どこもかしこも見たことがあるものだった。まぁそんなもんだよなぁ…とか思いながらトコトコとサンケイホールブリーゼに行ったらハリーが立てこもっていたわけですよ。

大阪出身の友達が「大阪駅の周りは何でもあるよ」と教えてくれた。でも、見たことあるような大阪の景色を前にして私は「なんでもあるってことは、何にもないってことなんだなぁ」って実感じた。そういうことなんだよ。私が思う、ハリーの「ショッピングセンター」は。ショッピングセンターは何でもあるから何にもない。コピーだらけで何もない。

ハリーの警鐘の中の「ユニーク」も好きだった。「『個性的なわたし』に憧れる没個性的なわたし」の話をしているみたいだった。「あの人結構ユニークなんて言ったりする」からね。

世界中のショッピングセンター、スターバックスマクドナルド。私たちの、非常に個人的な価値観による「神聖なもの」がそんなものにけがされる。ああっ。なんかもう、思い出して打ってるだけでなんかこうイライラするし高揚する。秘めた怒りを爆発させたハリーは………。

 

話は尽きない笑

 

あ、そうだ物語の始まりが印象的だったからそこも書き残す。

サンケイホールブリーゼは座席が真っ黒なの。廊下も。で、図書館のセットが真っ黒。

で、音楽が鳴り響き、真ん中の爆弾たちが光りだすとき、まだ二階席の客電はついていて。すんって、ある時消える。派手な消し方じゃない。ただこだわっている様に感じた。あの瞬間、プロジェクションマッピングとかそんなことしなくったって、客席にいたはずの私たちは消え。すっ、と事件を見守る本になったような気がした。すごく不思議な体験だった。

 

始まる前の音楽は「Who I am」って叫んでる歌詞が印象的だったなぁ。

始まるときの音楽がまたかっこよくて。衝撃的で。最高でした。(あ、「最高」っていうハリーとブライアンも素敵だったなぁ)

 

で、音楽に合わせて爆弾を一つ一つ設置するハリーは、神聖な儀式をしているみたいだった。

 

 

 

 

 

はぁーーーーーーーーーー。

本当に見に行ってよかった。こだわって、行ってよかった。間違いなかった。

そして何より、戸塚くんはお芝居の一番星だと確信した。舞台にいたのは、間違いなくハリーで戸塚祥太ではなかった。もちろん本が好きなところとか、こだわりが強いところとか、ハリーとの共通点は感じるけど、決して舞台に戸塚祥太はいなかった。

ある青年がいた。ハリーがいた。

 

思い返した時に、全部主語が「ハリー」になるの。それってすごいことだとおもう。ジャニ系の役者さんだと、やっぱ思い返した時に役者の名前で役を呼んでしまうことって多いもん。ハリーがね、って思い返させる戸塚くんは流石だった。

そしてずっと見に行きたかった勝村さんのお芝居も流石だった。緊張で生きが詰まりそうなところを軽妙なセリフで笑わせてくれて。でも「人名救助」という目的に懸ける思い、家族への思いが重たくて、そこは決して譲れなくって。いやぁ~素敵だったなぁ。

 

 

改めて、この作品に関われた戸塚くんおめでとう。本当にいい経験ができていることでしょう。そして、私にこんな素敵な演劇体験をくれてありがとう。

 

 

本当に本当に最高でした。交通費足してもおつりが来るくらい。3時間スタオベしたいくらいでした。本気で!

幸運にも大阪千秋楽ということで、4回もカーテンコールに出てきてくれて、助かりました!ほんと、いくら拍手してもたりないくらいだったから!

お辞儀をした後、手を振ってちょっとアイドルして、また最後お辞儀して、「おおきにー!」って去っていくところがなんともとっつーらしくてかっこよかったよ。

 

そんなこんなで最高のDefiledでした。

戸塚君、勝村さん、スズカツさん、最後まで応援してます…!!

 

本当は、ブライアンがハリーを説得し終えて二人が一度は妥協して抱き合うシーンとか、母から娘へとつながれている料理のファイルとか、お姉さんとか、元婚約者がトラベルエージェントになっていたところとか。どうしようもなくなぜか泣けたんだけど、、、そこの話はまたいつか書こう。

 

ありがとう。とてもいいものを見ました。Defiled